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血の通った機械

今、小関智弘という元旋盤工の本を読んでいます。
タイトルは「鉄を削る町工場の技術」。そのまんま(笑)。

旋盤工というのは、旋盤という機器を使って金属を加工する人たちのこと。
いわゆる町工場の職人さんです。

今はほとんどが機械化されたNC旋盤を使っていて、
取材をすれば、皆口を揃えて「ボタン押すだけでできちゃうから簡単だよ」と言う。
でも、その言葉を鵜呑みにしてはいけないんだなぁと、この本を読んで分かりました。

旋盤工の言う「簡単」は旋盤に比べれば簡単ということで、
シロウトからしたらNC旋盤は決して簡単に覚えられるものではないんです。

プログラムさえ入力できれば、あとは機械が自動的に鉄を加工してくれる。
というのは大きな誤解。

いくら旋盤が機械化されているとはいえ、
鉄を削る刃物を選ぶのは、人だから。
磨耗した刃物をタイミング良く交換するのも、人。
削った後、鉄が冷えて縮むことを想定するのも、人。

特に、鉄を削る刃物を選ぶのには長年の経験がいるみたい。
そもそも、この人たちが削っているのはただの鉄ではないんです。
正確には、コバルト、ニッケル、クロムなどなど、いろんなものが混ざっている鉄。
だから、鉄というよりは「加工物」と言った方が、旋盤工の人はうなずく。
余談だけど、純鉄と呼ばれるものでさえも、0.01%の不純物が混ざっているらしいですよ。

化合物の配合率で、硬度や性質が変わったりするから、それに合った刃物(これまたすごく種類があるらしい)を選ぶのには熟練が必要なのだとか。
削れる音、削り屑の具合などをみながら、刃物を変えてベストな加工条件を作り出す、という部分は人がやらなくてはいけなんです。
つまるところ、加工する人に経験とセンスがなければ、ちゃんとした加工物もできないということですね。

いつか、その部分も機械化されると思うし、もうすでに機械化されているかもしれない。
でも、人間の血が通わなければ、機械はただの機械であるべきだと思います。
機械・システムばかりが進化してしまうと、人は育ちませんから。
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希望格差社会 ~社会構造的観点から~

だいぶお休みしていましたね。
最初の目標はどうなった!って感じですが。
サボった分をこれからしっかり取り戻していきたいと思います。

このゴールデンウィーク中に「希望格差社会」というハードカバーの本を読みました。
内容としては、なぜ日本にフリーターやニートが増えたのかってことです。
で、この本曰く、その原因が「希望の喪失」。
昔のように就職を保証できない大学、終身雇用を保証できない会社、老後の暮らしを保証できない国…。
不安定な世の中が、若者から希望を奪い去っているようです。

その中の話で、今までこのブログに書いてきた内容とリンクする部分を自分なりにまとめてみました。

バブル崩壊以降、経営を脅かされた企業たちは、
ノンコアな仕事(事務、現場仕事、販売員)は全てパートやアルバイトに切り替えて行きました。
かつては正社員として雇用されていた仕事が、アルバイト・パートに切り替われば、
それらの職種への就職を目指してきた学生も(正社員としての)就職口が減るということになります。
学校を卒業してもアルバイトでその日暮らしになるフリーターが増えるのも当然の結果です。

では、景気が良くなればアルバイトを再び正社員に切り替えて行くのか。
確かに、バブル崩壊時から景気は回復に向かっているけれど、
今後も正社員として雇用する数は劇的には増えていかないという読みが濃厚です。
その背景には「消費者のニーズの多様化」があります。
情報化社会により、様々な情報を手に入れられる時代、企業は社内で投資するべき分野が変わりつつあります。

例えば、消費者がテレビを購入するとします。
一般的な心理として、良いものをリーズナブルな価格で購入したいと思うのが普通です。
インターネットを調べれば、国内外問わず多くのメーカーの商品の情報が瞬時に手に入る今、
電機メーカーは他社製品との差別化をせずには生き残っていけません。
他社よりも優れたものを、他社よりも早く、できるだけ安く提供しようとすれば、
そのための研究・開発費用などの割合が増えて、しわ寄せを食らうのは人件費でしょう。

第一、今雇用しているアルバイトを全員正社員にしたところで、他社に出し抜かれてしまうし、
正社員にした途端、それ以前から正社員として雇用されていた人たちはやる気を無くして転職してしまいます。
そもそも、正社員として雇用されることが本人にとっての希望だとも言い切れない。

では希望を持つとはどういうことなのか。

人が希望を持つのは、努力が報われて世間に評価される見込みがある時。
現代は、努力が認められなかったり、適切な評価が下されない機会が多い社会。
努力しても、意味がない、そう思ってしまうことが「希望の喪失」なんだそうです。
働くことに対する希望の喪失という観点で言えば、
「アルバイトだから頑張っても無駄」
「入れ替えの利く仕事だから、頑張っても意味がない」
そう思ってしまうことでしょう。
確かに苦労も報われなければただの苦痛他ならないし。

戦後から高度成長期を経てバブル崩壊直前までは、
どんな仕事であれ真面目に働きさえすれば収入の増大が保証されていたそうです。
今はそうもやってられない世の中になってしまったんですが。

では、どうすれば希望を持てるのか。
今回話した部分でいけば、社会の構造そのものが変わることが解決策ですが、それは非現実的です。
例えば上で言ったように、仮に日本の企業がアルバイトを正社員として雇用して、国際的な企業レースから辞退すれば、
世界から取り残されて、今の日本社会全体の生活水準を維持することが難しくなりますからね。
人は、一度手に入れた便利な生活をなかなか手放せないし。

だから、社会の構造を変えるのではなく、教育構造を変えるべきだと思います。
それは、希望を持てない人間の出現を教育の観点でまとめた時に書こうかと思います。

今日はこれまで!
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