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「好きなことでなら、戦える」

ちょっと怖いキャッチコピーだと思います。
世の中というのは、好きなことだけで戦えるほど甘くないし、
現在好きなことだけで戦える人間というのは、その道のプロであって、
それまで好きなこと以外のところでも努力をしてきたはずだから。

ようは何が言いたいかというと、「好きなこと」を「趣味」とイコールで考える若者が少なからずいると思えてならないんですよね。
自分が、何かしらの仕事で働いている姿をイメージできない若者を刺激することで、
妄信的に一生続けられるかどうかもわからない趣味を追いかけさせる。
まだ10代、20代の人間が一生のことを決めるなんて、相当難しいことだと思います。

ただ「きっかけは何となく」と言う天才・秀才がいるように、
そのきっかけを与えられる場となればいいと思うのですが。
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どうなの?裁判員制度。

どうなんでしょうね、裁判員制度って。
裁判についての国民の興味・関心が高まる。
判決に国民の意見が反映されて、国民の信頼が高まる。
そんなメリットが挙げられている反面、
素人の意見が簡単に反映されていいのかという問題がある。
しかも、20歳以上の国民の中から、本人の好む好まざるに関わらず、
くじで決定されるというシステムゆえに、
意識の低い人、やる気のない人の意見に判決が左右される可能性がある(呼出がかかった時に送られる質問状で国がその判断を確実にできるとは思えないし)。
しかも、葬式などの相当な理由がない限り、不参加は許されないので、
裁判員として呼び出されたせいで、大事な会議を欠席しなくてはならず、昇進のチャンスを失ってしまった、なんてこともひょっとしたらあるかもしれない。
もっと身近な例でいえば、好きな人との大事なデートをキャンセルしなくてはならなくなったとかですか。
不参加の場合は確か罰金10万円。
半強制ってことですね。

この制度って矛盾してると思いませんか。
本来、裁判の有罪か無罪かはプロの裁判員が決定するべき重大な問題なはず。
ようは一部のエリートが決めることであって、
何も考えていないような国民に意見を求めること自体間違っているし、
つまるところ、プロの裁判員だけでは不十分であって、世論は納得しないといったところでしょうか。
でも、その世論を発する国民(オルテガのいう平均人)は無責任な場合が多い(世論を発するのは必ずしも国民が全てではないというのはあるが)。
国民は本当に勝手なだなぁと思うようなデータを見つけたので紹介します。

※以下Wikipediaより抜粋
______________________________________

裁判員制度への国民意識について2005年2月に内閣府が行った世論調査によれば、
裁判員として参加したいかについて
「参加したい」(25.6%)
「参加したくない」(70.0%)
______________________________________

だそうです。
あの判決はどーとか、やんややんや言うわりには、
いざ自分に判決が委ねられると、やっぱりやりたくないんですよね(笑)
最近の世論を激しく煽るメディアスクラムという問題も絡んでいますけどね。
僕だったら、予定がない限り参加してみたいですけどね。

大衆化社会

卒業してとりあえず就職。
でも「イメージと違った」などを理由に辞職。
「自分のやりたいことを探す」などという期限の補償がない猶予を自分に与える。
気づいたら昼はアルバイトして、夜は漫画喫茶で寝泊りするフリーター。
果ては、働かず親の金で生活するニート。

人生に目的を持たず、娯楽に酔いしれて、自分を律することができない人。
そんな人の集団を「大衆」とスペインの哲学者オルテガは言っています。

でも、そんな人でも平気で生きていけるように見せかけている社会も不健全。
時に、転職を斡旋することは罪な気がしています。

そんな大衆がこれからの世の中を作っていく(直接的ではなくても、投票で間接的に不健全な社会を作っていく)。
そんな幼稚な大衆が、親になって子供を教育する。
これからの社会どうなってしまうんでしょうね。

オルテガの「大衆の反逆」を初めて読みました(木下先生ごめんなさい)。
どうやら大衆の蔓延は50年前から徐々に始まっていたようです。
今日はもう遅いので詳しい内容についてはまた今度。

今年の目標「やり遂げる」

仕事も勉強もブログも「やり遂げる」こと。
最後までダレずにやり通すことで、成長することが今年の目標です。
なぜなら、去年はツメの甘さが祟っていろんな不幸が起きたから。
この自分のツメの甘さは、実は小学6年生の頃から自覚していたんですけど。
当時の担任に「君は最後まで物事をやり通す力が足りないな」と言われた時からでした。

図工の時間で作った紙芝居。
表紙のデザインに凝ったはいいけど、いざ紙芝居が始まると手抜きなデザイン、起承転結のない内容。
フタを開けてみればなんとやらとは、まさにこのこと。
外見だけはよく見せようとするものの、ツメが甘くて最後まで外見を飾れていない状態。
今書きながら思ったけど、大学の頃の見かけ倒しのギタープレイもそうだったなぁ(笑)
イントロばっか練習して、曲の最後の方は「早く終わらんかな~」とか思いながら演奏してました(笑)

あれから除々に直そうとはしてきたものの、本気でなんとかしないと、と思ったのは去年の暮ぐらいから。
仕事で不備を連発した時期がありまして。
その不備は全部、自分のツメの甘さから出たものなんですよ。
最後までちゃんと原稿に不備がないかチェックしないから。
それを課会で晒しあげられた時は恥ずかしかったし、悔しかったし…。
これは「どげんかせんといかん」と思ったわけです。
なので、今年こそは12年来のこの問題を解決しようと思います。

去年は更新する月があったりなかったりしたブログも、今年は週一回以上は更新することを目標にがんばります。

今の建設業界について

ついこないだ、実家でみんなで酒を飲んでいた時、ある建設会社のCMを見ました。
建設業界のCMって「○○ホーム」的なものしか見たことがなかったので、思わず見入ってしまいましたよ。
内容は「ウチはこんなにたくさん質のいい職人さんを抱えているんですよ~」という会社紹介CM。
社名はなんと忘れました。
鹿島とか大成みたいなスーパーゼネコンではなかったことは確か。
黒い背景にやたら文字やら数字が出てくる感じのCMです。
誰か知っていたら教えてください。

なぜこんなCMが流れるのか。
それは、今建設業界で起こっていることが大変に影響しているんですよね、きっと。

脱・談合の影響で、いろんな問題に直面している建設業界。
以前は安く抑えていた受注額が価格競争で上がることで、今はコストと時間を抑えざるを得ない状況なんだそうです。
で、その余波を一番受けているのが、現場。
コストを抑えるがゆえに、なかなか上がらない職人の給料。
ただえさえ3K(キツイ・汚い・危険)な仕事な上にそんな状況だから、
新しく職人を目指す若手がなかなかいない。
それによって発生する人手不足。
それを補うために建設会社は、派遣会社(業務請負という形だけど怪しい)に頼り始める。
本来は職人がやるような仕事を、現場未経験の派遣スタッフがやる。
すると、この前のスパイラルタワーのような事故が起きるんですよ。
こんな悪循環が起きているのが今の建設業界。
この前の偽装建設もあって、ますますイメージが悪い建設業界。
将来を見据えて、建設事業だけでなく、農業や介護などの他事業にも進出する会社もあるそうです。

他にも生き残りをかけていろんなことにチャレンジしているゼネコンがあったけど、
一番印象的だったのが、この前日経ビジネスで取り上げられていた「平成建設」という建設会社。
こんな建設業界の状況にも関わらず、職人を自社で抱えて多能工育成に力を入れているそうです。
この前CMで見たゼネコンが、自社で職人を抱えているかどうかは知りませんが、建設会社に普通、職人はいないの知っています?
基礎なら基礎会社、足場なら足場会社といった感じで、外注するのが一般的ですよね。
なぜなら建設工事がない時期に、建設会社はそれぞれの職人に給料は払えませんからね。
でも、平成建設の場合、何故自社で職人を抱えることが可能なのか。
それは、基礎だけじゃなくて足場も、足場だけじゃなくて型枠もやれる多能工職人を育てることで、常に働いている状態を作りだしているからなんですね。
でも、この会社の強みは「多能工を育てること」ではありません。
むしろ「自社内で職人を抱えていること」なんです。
社内で情報が共有できるから、建設中の家を見学に来たお客さんが職人にあれこれ尋ねてきても即座に応答できたり、
社内で全ての工程をまかなっているから、技術的なノウハウを蓄積しやすく、多能工職人が育ちやすい環境なんだそうです。
そんな環境を魅力に感じた東大・京大の建設設計科の卒業者が去年新卒で入社しているそうですよ。
逆風の時代に、品質とか顧客満足とかを追求してる会社ってかっこいいと思いました。

厳しい状況ではあるものの、他業界では当然の競争社会。
本当にいい会社だけが生き残っていく社会になっていけばいいですね。

意思表明

年があけましたね。

久しぶりです。
しばらく勝手にお休みしていましたが…

今年はちゃんと書きます。

年明けをきっかけに、表明させて頂きます。

と、いうのも普段忙しくて、まとまらない考えを文章で整理したいから。
仕事の関係で新聞・雑誌・本を読む機会が多くなったけれど、
仕事それ自体が忙しくて、なかなかアウトプットする機会がなかったんです。
自分の中では読んだつもりになっていた記事も、
いざそれについて人に話そうとしても上手くまとまらなかったり、
思い出せなかったりってことが多くて…。
それじゃあ読んでる意味ないなぁと思って。

ということで、
「その日の出来事をそれとなく書くだけ」だったブログを、
これからは、インプットした情報を自分なりにまとめてアウトプットする場にしたいと思います。
明日の、将来の自分のために!
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